失われゆく蛇紋岩―埼玉県越生町 古武ノ山蛇紋岩を尋ねて

宅地造成やゴルフ場造成などの土地開発によって貴重な岩石・鉱物の産地が意図せず廃れてしまうことは、残念ながらしばしばあるようです。

かつて灰クロムざくろ石 (uvarovite; Ca3Cr(III)2Si3O12) の産地として名高かったという、埼玉県越生町西和田付近に分布する蛇紋岩もその一つです。昨年度県立自然の博物館で催された特別展『The 蛇紋岩』で目にされた人もいることでしょう。

本地域の蛇紋岩は、白亜紀の沈み込み型広域変成帯である三波川変成帯に属し、周囲の苦鉄質片岩と少量の泥質片岩に伴われる形で分布しています。灰クロムざくろ石は蛇紋岩中に暗緑色の粒状結晶として産したらしく、今ではゴルフ場ないし建設残土に覆われ姿をあらわすことはありません。

ただ、付近を流下する越辺川 (おっぺがわ) 河床には新鮮な蛇紋岩の露頭が残されており、産状の観察が可能です。先日、散歩のついでがてら観察と試料採取をしたので、今回は露頭と薄片の紹介です。

越辺川河床の蛇紋岩の露頭。最近発行された産総研の5万分の1「川越」図幅では「古武ノ山蛇紋岩」の名が充てられた。この場所は「ダイリブチ」と呼ばれている。

古武ノ山蛇紋岩の露頭

古武ノ山 (こぶのやま) 蛇紋岩は塊状の蛇紋岩からなり、その見てくれは関東山地三波川帯では有名な皆野町の栗谷瀬橋下の蛇紋岩や長瀞町の釜伏山の蛇紋岩にとても似ています。

何の変哲もない普通の蛇紋岩ですが、ときおり数cmの剪断帯が現れていたり、新鮮な蛇紋岩構成鉱物を観察することができ、貴重な露頭です。

蛇紋岩。塊状で片理面などはほぼ見られない。

剪断帯。収斂する様子やネットワークから変形を味わえる。

繊維状あるいは板状の蛇紋石。美しい見た目とは裏腹に、薄片にするととんでもなく地味である

古武ノ山蛇紋岩の薄片

露頭の蛇紋岩の欠片を持ち帰り薄片にしました。

作成途中の薄片は、なんというか、王者の風格に似た雰囲気を纏ってたので丁寧に磨いてあげる必要がありました (?)。

蛇紋岩の薄片 (作成途中)。蛇紋岩が「蛇紋」岩たる所以がよく分かるそんな1枚。

以下、薄片の写真です。

平行ニコル。黒色鉱物は磁鉄鉱と少量のクロムスピネル。基質はすべて蛇紋石。

直交ニコル (上と同一視野)。バスタイト組織が観察される。

蛇紋石と磁鉄鉱のバイモーダルな組成により特徴付けられます。眼から電子線やX線が出る一部の人々は薄片中の蛇紋石の多形を大体言い当てられるとかそうでないとか…。

ところで、蛇紋岩の多くはかんらん岩が加水変成作用、つまりH2Oの付加を受けることで生じます。古武ノ山蛇紋岩は完全に蛇紋岩化が進んでおり、原岩のかんらん石や直方輝石、単斜輝石は残っていません。

とはいえ、原岩のかんらん岩中の輝石が蛇紋石に置き換わると、平行かつ直線的な劈開系を持つ輝石の構造を反映した組織が残ります。バスタイト (bastite) 組織と呼ばれるものです。

また、クロムスピネルの化学組成に原岩の情報が残されていることがあり、原・久田 (2021), 地域地質調査報告にくわしい古武ノ山蛇紋岩中のクロムスピネルの分析結果があります。

バスタイト組織 (左:平行ニコル、右:直交ニコル)
クロムスピネル (左:平行ニコル、右:直交ニコル)。周囲を磁鉄鉱に囲まれる。

この露頭が失われないことを祈るばかりです…。それと、いつか「西和田の灰クロムざくろ石」を実際に手にしてみたいものです。